草野絵美 Emi Kusano
1990年東京都生まれ。AIなどの新技術を制作に取り入れ、ノスタルジア、ポップカルチャー、集合的記憶をテーマに領域を横断して活動するアーティスト。過去と現在の対話をレトロフューチャーな美学で可視化し、現代社会を捉え直す視点を投げかけている。M+(香港)、サーチ・ギャラリー(ロンドン)、グラン・パレ・イマシフ(パリ)、金沢21世紀美術館などで作品を発表。Bangkok Art Biennale 2026に参加し、Art Basel Hong Kong、Frieze Seoul、Paris Photoなどの国際的なアートフェアを含め、世界20カ国以上で発表を重ねる。キャリアの原点である原宿のストリートスナップは、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(ロンドン)で展示された。『攻殻機動隊』の公式アートプロジェクトや、クリスティーズとGucci、UNHCRとのコラボレーションオークション等に参加。東京藝術大学非常勤講師を経て、文化庁文化審議会著作権分科会の委員を務めるなど、実践者の視点からAI時代の作家性や権利の在り方をめぐる議論を牽引している。
レンズのない写真論
エンド・オブ・ノスタルジア
Description
AIと撮る、まだ見ぬ記憶。
「私たちは、忘れることをやめた最初の世代だ」。
共通の記憶が解体された現代。誰もが自分だけの宇宙を生きる時代に、かつて原宿のストリートを撮っていた著者は、新しい「カメラ」としてAIを手に取ります。記録(データ)があふれるほど遠ざかる懐かしさを、潜在空間から撮り直すために。AIモデルとは人類の記憶が溶け込んだ現像液であり、プロンプトはその光である──誰もが膨大な画像を生み出せる今、アーティストは何のために表現を追求し、どう作るのか。デジタルアートの最前線に立ち会ってきた著者が、新しい創作の作法を示します。
本書は、序章と5つの章で構成されています。序章では、AIを人間のノスタルジアを集積して再生産する装置としてとらえる、著者の視点を示します。第1章では、著者がAIに出会うまでの歩みと、AIアートが世界の美術の場に迎えられるまでの道のりを辿ります。第2章では、AIと制作する方法を、第3章では、社会の偏見ごと世界を覚えているAIの歪みを、どう作品の材料に変えてきたかを、作品ごとの背景とともに紐解きます。第4章では、AIに反対する作り手たちの声や作者の権利と向き合い、第5章では、AIが人の代わりに作れる時代に、人が作ることの意味に迫ります。カラーページには、同時代のAIアーティストの作品と、著者の主要作品を収録しています。
システムを介して像が出てくることと、それを自分の作品と呼ぶことのあいだに、何があるのか。その問いに、作り手として向き合い続けた一冊です。
ISBN:978-4-8025-1376-0
定価:本体2,700円+税
仕様:A5判変型/288ページ
発売日:2026年11月18日
著者:草野絵美
デザイン:加藤賢策、鎌田紗栄(LABORATORIES)
Profile
Contents
はじめに
■Introduction End of Nostalgia エンド・オブ・ノスタルジア
共通の夢が消えた朝/個別の宇宙の孤独/ スターの不在と、蛸壺化する生存戦略/原宿から消えた「異形」/オトナ帝国の逆襲 /テクノロジーという新しい地層/記憶が溶けた現像液
■Chapter 1 CONTEXT: The Convergence|収束する個人史
観察者としての目覚め
ユタ州の「ホワイトピア」でトゥルーマン・ショーのセットに降り立つ/眼差しによって作られる「日本人」/ 西洋モデルへの収束/逆輸入された視線/データセットの構築者へ
架空の昭和を演じる
1992年の渋谷の昼休み/過去に囲まれて/ピボットしたらいいじゃん/できるのは設定だけ/鼻歌を渡す/テレ・ヒデオと、架空の番組/ SXSWで重なった、二つの幻/ 音楽では、入りきらない/もっと速く出せたら/深夜、誰も起こさずに
機械が見る夢
はじめての〝AIっぽいもの〟/GANを触ってみた、けれど/夢を作品に変えていた人たち/2022年、ピントが合う/世界中が一斉に手に取った、新しいカメラ/《Neural Fad》─ はじめての百枚/AIアートが現代美術になっていくまで/ハルシネーションを愛している
■Chapter 2 METHOD: Generative Curation|選択という創造
レンズのないカメラ
Post-Photography:描くというより、撮るに近い/写真が育てた目/プロンプトグラフィという宣言/装置と対話する/潜在空間という地図/光の痕跡を持たないメディア/誰のものでもない過去の現像
私的な正解
無数に切れるシャッター/プロンプトとモデルを調合する/見すぎると、見えなくなる/「リアルに見える」と「リアルに感じる」/きれいすぎないものを残す/アップスケールという誘惑/集合的記憶のサンプリング
自我の複製
自分の顔を選んだ理由/似ているのに、いない/平均値のパレットに、特注の絵具を足す/作家であり、素材でもある
Contemporaries 同時代の作家たち
Selected Works 主要作品
■Chapter 3 PRACTICE: Hallucinations as Pigment|幻覚を色彩にして
存在しない記憶 ─《EGO IN THE SHELL》
攻殻機動隊からの電話/ブラウン管の中で、年老いていく私/記録から生成物へ、合成される記憶/真正性から離れ、意図を問う/刹那のなかで、無数のシェルになる/溶ける海に、痕跡を残す
偏見をハックする ─《Office Ladies》と《Ornament Survival》
私の顔で、ステレオタイプを演じさせる/AIは「アジア人女性」をどう描くか/着せ替え人形のリハーサル/装飾としての身体/ウイルスのように、忍び込む/欲望の対象を、自分の手で取り戻す
仏教とAI ─《The Altar of Bonn ō(煩悩の祭壇)》
AIは悟りを開いているか/オタクの祭壇と、現代の供物/脆くて騒がしい身体
■Chapter 4 PROTOCOL: Ethics of the Synthetic|合成される記憶の作法
拒絶の系譜
「NO AI」の黒い画面 /名前が呪文になる/どこからが、なりすましか/19世紀の亡霊:ボードレールからの手紙/スキルの移る場所
テクノ・アニミズム
AIは親切なエイリアンになりうるか/ドラえもんとターミネーター/21世紀の付喪神
開示という儀礼
ブラックボックスの外側で/プロセス─効率化されなかった時間/文脈─なぜ、あなたが作るのか/依拠性─法と作法のあいだ/何を作らないか
■Chapter 5 VISION: Dystopia and Utopia|一回性の価値
画面の外の真実
マムラーの法廷/本物のほうが疑われる/信用の解像度/向こう側に、人間はいるか/身体という認証
有機体のコスト
ファンフレーション/6点が売れた日/歩み寄る距離/画面越しの乾杯/電池では動けない体/欠乏がなければ、欲望もない/体験が贅沢品に
一回きりの人生というアート
忘却を手放した最初の世代/連続性に、人は心を動かされる/作者とは、意図を持つ者のこと/欲望を持つ側の仕事/予測できないほうへ/未来へのプロンプト
謝辞
あとがきに代えて 編集後記
参考文献